January 04, 2008

1月4日

3賀日があっというまに終わってしまいました。(毎年のことですが。。。)
深夜のVOA-Botsuwanaは強力でした。SINPO=all4
ちょっと、おそがけの朝は、9400kHzのBulgariaを聞いていました。SINPO=35433-23432
7110kHzでロシア語が聞こえていまして、長いこと聞いていたのですが、正時にCRIのISが流れました。(ありゃりゃ)

深夜に25mbに奇怪なノイズがあることに気が付きました。
5kHzごとにノイズがあり、結構すごい音です。
かと思いきや、すーっと消えます。消えたかと思うとまた「ギャー」と出てきます。
Sのレベルはそれほど高くないのですが、弱い局(例えばRAE)を捕まえて放送内容を楽しもうと思うと支障がでます。
インターネット系のノイズだと思うのですが、探索中です。
深夜に、短波ラジオのアンテナを伸ばして、家の中と近所を歩きながら、寝ぼけた頭で考えたのですが、このノイズっちゅうのは、「満員電車の屁」みたいなもんですね。
自分の「屁」でもくさい。
でもまだ許せる。
人の「屁」はあまり、くさくなくても嗅ぐのは絶対いやだ。
鼻の前でかまされたら、もしくは満員の電車の中でやられたら、そうとうへこみますし、腹もたちます。
ひょっとしたら、「自分の屁」でお隣さんにも何か迷惑をかけているかもしれないのですが、あまり気にならないですね。(自己中心的?)
で、ノイズは「屁」のようなものかと。。。誰が(何が)発信源かなかなかわからない、目に見えない、でもクサい。(笑)

あー、頭が腐ってきたかなぁ。


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January 03, 2008

2008年の抱負

皆さん、空けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い致します。

2008年の抱負ですが、、、

気持ちの上では、、
「自分に正直に行動しよう。」
「おかしいことは、おかしいと言おう」
です。
宮使いの身なれば、こんな簡単なことがなかなか難しいのですが、今年はちょっとがんばってみるつもりです。

BCLでは、
1.アンテナをもうちょっと何とかしたい。
2.HPの再立ち上げ(blog側に統合するかもしれません)
3.聞いたことの無い局を30局(ベリもGet)
4.ソフトウェアラジオが一つ欲しい。
5.立ち上がりの早いノイズのでない趣味専用PCが欲しい。(ノートかな?)
6.ノイズの無い田舎暮らし
もう、隠居でもよいので、町を見下ろす小高い丘の上に居を構え、大型のパッシブアンテナを準備し、ノイズで頭痛にならずともよい環境でBCLがしたい。
(これは当面無理かなぁ。。。)

去年からはまっている自転車では、
1.月に200km、年間2400km走行を目標に走りこみ
2.体重をもう5kg絞り(2007年は5kg減りました)
3.行く先々の写真を撮り
4.京都を自転車で巡る本を出版したい。
(4は現状の生活態度&週間&環境をなんとかしないとどうにもなりませんね。。。)

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February 03, 2007

福岡にいってきました-2 太宰府天満宮

NGOの住む京都にも「北野天満宮」があり、やはり、菅原道眞公を学問の神様として奉じています。

しかし、高校の時から「太宰府天満宮」に一度行ってみたいと思い続けていました。
「心字池にかかる3つの赤い橋」と、「飛梅」が見たかったのと、「梅が枝餅」を食べたかったのです。

「飛梅」
時の権力者にその才能と能力を妬まれ、右大臣から、太宰府にながされてしまった道真公。
今でこそ、新幹線や飛行機を使えば「あっ!」と言う間に福岡にくることができますが、当時はきっと何ヶ月もかかる旅のはて。気が遠くなるような「かの地」であったに違いありません。
菅原道眞公=天神様は、この地に流されたあと、失意のうちにわずか2年で亡くなられます。

で、都をたつ時に、大切にしていた、庭の梅にうたを詠まれます。

「東風(こち)吹かば、にほひおこせよ梅の花、あるじなしとて、春な忘れそ。」

すると、その梅の木が、道眞公の心にこたえます。
道眞公を慕い、一夜で都から太宰府の地に飛び根付いた、これが飛梅伝説です。
人と植物が心をかよわす伝説、飛梅伝説。
人と人もこうありたいものです。
「言葉」は便利なものです。
道眞公のうたに、心がこもったいたからこそ梅はこたえたのでしょう。
言葉は「言霊」、「魂の端」。心がこもっていなければ、聞く人の心にはしみません。

この飛梅はご神木として道眞公を奉る本殿の右側にあり、既にちらほらと咲き始めていました。
春は、もうすぐそこです。
20070203033

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January 07, 2007

PLCアダプタ

※2007年2月 4日記す。  この記事に対する、エロトラックバックが日に50通以上来ますので、しばらくトラックバックを禁止して様子を見ます。
ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願い致します。
(なんでだろ??)


松下電器製のPLCアダプタのノイズ発生実験のblogを見つけました。
まぁ、思ったような結果ですね。
分かっていたことですので、驚くこともないかもしれません。
実は、会社でも1セット購入したようです。
何に使うつもりかはわかりません。
以下、会話です。
私  「無線LANがあるから、こんなのいらないでしょ?」
相手 「これは、100VラインがLANケーブルの代わりになって、すんごい便利なんや。」
私  「でも、凄いノイズが出て、短波放送とか、アマチュア無線に妨害が出るらしいよ。」
相手 「それ、遊びやろ?」
    「こっちは、仕事で使うんやで。」
    「いまどき、そんなんしてる人いんの?」
    「携帯電話でしゃべったらええやん」
    「ストリーミング放送とか、ポッドキャストもあるし。」
私   「私、それやってるんですけど。」
相手 「ふーん、ちょっと位のノイズ、ええやん?」
    「短波って、もともとキュイーンって、ノイズっぽいやん。」
    「こっちのほうが便利で、みんなのためになるやん。」
    「仕事のプラスにもなるし。」
私   「作ってる会社もそれを使う人も、そういう論理なんやろか?」
相手 「さあなぁ。。」

とまぁ、こんな感じでした。
このコメントはまさしくPLC推進派の言葉ですね。
使う人も、作った人も、一般の人も、こんな感じなんでしょうね。
短波で、遊んでいる人のことなんか、知ったこっちゃないんでしょう。
悲しいなぁ。
パナソニック、大好きなのに。。。

いっそのこと、みんな一斉に使い出して、短波帯を「ぐちゃぐちゃ」にして社会問題にしてしまったほうが良いかもしれませんね。
チラホラ使っているから、問題が明確化しないんではないかなとも思います。
社会問題にもならなければ、もう、仕方がないです。

ちょっと乱暴でしょうか?

JARLなんて、「クソのふた」にもならんですね。
認可権のあるクニ(推進派)と認可を受けている団体ですから。。
JARLのやった実験結果は相当ひどいもんなんでしょね。
出せるわけがない。(捏造するなら別ですが。。。)

やれやれ。

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October 28, 2006

あの頃のこと

かれこれ32年ほど前のこと。
BCLという面白いものがあり、夢中になってラジオを聴いていました。
同時に、自転車が大好きで、よく乗って、色々なところへいきました。
当時は、「輪行(りんこう)」というのが流行っていまして、カンタンに分解できる「ランドナー」スタイルの自転車を大きなザック袋に詰めて、電車に乗って、サイクリングしたいところまで移動し、駅前で自転車を組み立て、サイクリングを堪能しまたフクロに自転車詰めて帰ってくるというものです。
久しぶりに、自転車に乗ってみようかという気になって、自転車屋さんに行ってきました。
昔懐かしい単語や名詞が沢山出てきました。
「サイクリング」、「ポタリング」、「クイックレバー」、「カンティブレーキ」、「ロードレーサー」、「ディレイラー」、「チネリ」、「カンパニョロ」、、、
自転車は当時と比べ、軽く、そして、高性能になっています。
運動不足解消、健康のために、また自転車に乗ってみようかなと思いました。
久しぶりに訪れた自転車屋さんにおいてあった自転車は、造形的に美しく、魅力的でした。

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September 21, 2006

訃報

昨日とどいた、HCJBのメール誌で、尾崎先生の奥様、久子先生がお亡くなりなったのを知りました。
先般、尾崎先生と、日本でお会いすることができました。
ところが、スケジュールを切り上げ、米国に戻られました。
久子先生のお具合がよろしくないとお聞きしていましたので、案じていました。

初めて、久子先生のお声を聞いたのは、アンデスの峰々を越えて赤道直下の国エクアドルから届くHCJB日本語放送、33年前のことです。
何十通もの受信報告書やお手紙を送りました。
つたない中学生の手紙に対して、久子先生はいつも丁寧で優しいお返事を自筆でくださいました。

「勉強は楽しいですか?」
「お友達(BCL仲間)の山本君は元気ですか?」
「教会へは行ってみましたか?是非、行ってらっしゃい」
それから、エクアドルの様子、放送局のこと、最近あったことなど。

その頃は、子供でよくわかっていませんでしたが、最近頂いたお手紙を読み返し、大人になった自分が中学生に対してこんなお手紙がかけるかなと思います。
しかも、相手は、私だけではありません。
きっと、一通一通、心をこめて書いておられことでしょう。

HCJB日本語部のホームページで一旦終了したHCJB日本語放送最終放送をストリーミングで聴くことが出来ます。
久子先生もお元気な声で登場されています。
また、尾崎先生と久子先生のお写真などもあります。
長年苦楽を共にされた尾崎先生のご心痛は大変なものだと思います。

心から、お悔やみを申し上げますと共にご冥福をお祈りいたします。

合掌。

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August 27, 2006

松下歴史館訪問

大阪の西三荘にある、松下歴史館を訪問しました。
時間が無く、短時間の訪問でしたが、大いに感じ入りました。
この歴史館には、松下幸之助翁発明の初期の製品から、松下の歩みを刻む製品が展示されています。
また、松下翁のスピーチなども聞くことができます。
幾つかのお話しを聞きましたが、なんといいますか、良い感じなんですね。
先ず、お話しが面白い、それかた、非常に分かりやすくシンプル。
誰が聞いても納得できる、「自然体」のお話しです。。
松下翁は大変魅力ある人です。
今の松下電器はとても大きな会社だけども、儲かっている、ブランドが通っているだけで、これほど沢山の社員が集まり、会社を盛り立てているとは思えない。
きっと、松下幸之助翁の人柄や、考え方、ポリシー、それから、そこから生み出される製品とそのスピリットに共感する人が集まり、その結果としてこれほどの大企業になっているのだと思います。
本当に、カリスマ性がありました。
展示されている製品も、開発者の魂や、思念、思いが伝わってくるものが多く、それで結果として、大きなヒットになったものが多いのだと思います。
今となっては古く、もう通用しない製品ばかりだが、一貫した凄みというか、開発者の想いを感じることができるものばかりでした。
付け焼刃ではありません。
大したものです。
松下イズムというか、共通した精神が宿っています。
もう、すっかり、パナソニックファンになってしまいました。
歴史館の横にある事業所もとても大きく綺麗で、正面には「Panasonic」の大きな看板。
この会社に勤める人は、このブランドと会社、それから、脈々と受け継がれるスピリットに誇りと自信を持っているに違いありません。
こういうのって、大事なんですよね。
もう、素晴らしいです。
(あ、なんか、松下賛美のようになりましたが、決して社員や関係者ではありません(笑))

松下電器という会社の生い立ちと経営者のポリシーが分かって少し好きになっただけなんです。
ソニーとはまたちょっと違う、大阪の会社の人情のようなものとか、温かさも感じました。

うーん、行ってよかった。
感じた!
また是非、訪問したいと思います。

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August 16, 2006

終戦記念日に思う

この前の土曜日のHCJBの日本語放送に「たなべまさあきさん」と言う方が登場されて、戦争体験を話されていた。
南方戦線で撤退のシンガリの部隊に所属されていた方だ。
まだまだ、カクシャクとされているが、もう半世紀以上も昔のことなのに、お話しをされて泪、嗚咽されていた。
こんな話しをどこかのクニの首相に聞いていただきたいものだ。
ヤスクニに行く事をココロの問題と言うが、それ以前の心の問題があるだろう。

こんな時期でも、飽きもせずに、地球の上では、戦争、紛争が絶えない。
オロカなもの汝の名は人類。おさるさんの親戚なり。
クニもどこでも、力を持ったものはその力をブンブン振り回したくなるのかな?

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August 11, 2006

受信機というもの

相変わらず帰宅が遅いのですが、そこはそれ、ちょっとでもと受信機をクリクリいじっています。
最近購入したIC-R75ですが、非常に使いやすく重宝します。
音も外部スピーカーをつなげて聞く分には悪くないですしR9000と聞き比べてもても、ワイドフィルタで聞く分にはネダンほどの差はありません。

受信機は、使いやすさとそこそこ性能があればそれで良いです。
必要以上のものなんて、いりませんね。

R75、必要にして充分な混信除去性能ですし、フィルタを増設さえすれば、第一線級のDXマシンのような気がします。
結局のところ、色々受信機をそろえてもさして「大きな違い」はなさそうです。
もちろんNRD545のECSSは強力ですし、AM受信にこだわるのであれば非常に了解度は高いですが、545で聞こえて、R75で聞こえないということはまずないです。
R9000もしかり、RX340もまた同じです。
結局のところ、「コレクション」や「所有欲」を満足させているだけ(でもないかもしれないですが)のような気がしてきました。
それなら、買いやすい価格のR75だけで(もしくはもう一台)充分です。
545にオプションを付ければすぐ20万くらいにはなりそうですし、それなら、R75が2台あるほうが、良いのではないかと思います。
受信機はなかなか難しい。。。です。
RX340も悪くはないですが、R75オプション付きで4台分の値打ちがあるかどうかは、はなはだ疑問の残るところです。

2台の受信機(2倍の価格の受信機)より、2倍のワッチ時間です。
もう、絶対正解。
R75にあとは、良いアンテナがあれば、もう充分ということに気が付きました。(おそいって!)

それでもR9000のモニターは非常に便利なのですが(不精モンにはもってこい)

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November 13, 2005

なんだかなぁ

思えば、この6月あたりから、サッパリラジオを聴いていません。
などと書いていますが、ここは会社。
夏前から、超忙しい日が続いています。
今日も、休日出勤でやれやれです。
まだ、1時間くらいはかかりそうです。
今年は、年末までこんな調子が続きそうで、ツラいです。(汗)

とりあえず、PWR2006とWRTH2006を注文しました。
マトモな週末は、いつやってくるのでしょう?
明日は、休むぞ!

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November 01, 2005

PLCパブリックコメントの数を集める方法

PLCのパブコメの数がモノを言うと様々なところで書かれています。
そりゃ、そうですね。「数」がいりますね。
確実な「反対」のコメントを増やす方法はないかと考えました。
手っ取り早いのは、カミさん、成人の子供にパブコメを書いてもらうことではないでしょうか?
代筆−>本人承認でOKでしょう。
私は、早速、カミさんの名前で2発目のパブコメを発射しようと思っています。
選挙投票なども個人として独立なわけですから、パブコメも同様だと思います。
ダンナの上品な趣味を守るため、奥さんに一肌脱いでもらいましょう。

というのは、どですかね?

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October 17, 2005

電力線インターネットは短波放送受信を死滅させる。(電力線搬送波通信、HF-PLC)

読めば読むほど、恐ろしやぁ〜。
耳をふさぎたくなるPLCノイズ。
ここの音声を聞いてください。
もう、こんなんじゃダメですね。
こんなノイズ撒き散らしで、よう実用化といえるもんだ。

どうせやるなら、もっと技術を確立してからやって頂戴。
電力線は全て地中2重鉄管内配線、家庭内に引き込む前にフィルターでノイズを完全除去し、屋内配線は、シールドケーブルを使用、電化製品の電力線も全てシールド線、マンションと言えど高周波的に良好なアースを完備し。。。。あー、無理だぁ、無理!!
こんな問題を抜本的に解決できるスーパーエンジニアの登場を願おう。

ほんとにこんなことになったら、海外放送が聴けなくなってしまう。
え?、電力線インターネットでストリーミング放送を聴けだって?
みんなPCがいるし、海外放送は全局そんな装備もっていないよ。
それともまた税金とって、その金で地球上の全ての国にODAでもするつもりか?
海外支援は必要だと思うが、それより前に、国内の福祉や、破綻寸前の年金問題を解決しろって!
「サラリーマン増税はやりません!」
今回の増税はサラリーマンだけに増税するんじゃないですから、公約違反になりませんだとぉ?
そんな、幼稚園児がいうような屁理屈いうんじゃないよ。
この考え方って、今既にノイズがあるんだから、ちょっと位増えてもいいでしょ?というPLC推進派の言い分に良く似ている。

PLCと増税の違うところは、PLCは一旦始めちゃったら、後戻りできなくなっちゃうんですよ。
なしくずし的に始めるなんて、「文殊」の二の舞になりますよ。
完全に技術の確立で確認できるまで、やめとき、やめとき。

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October 16, 2005

PLC再び(ええかげんにせえよ)

お前は、「ゾンビ」か?
次回のパブリックコメント募集の後、このクニはどうあってもPLCを推し進める方針のようだ。
もうまるで、どこかの強権国家のよう。
何でもかんでも反対するつもりはないけれど、現状の技術でのPLCは絶対反対と言いたい。
一致団結して、もの申そうではないか。

そんなに、大企業に利益誘導したいのかねぇ。(そうなんだろうなぁ)
とにかく、勝手な思惑で動くのはやめてくれ!!と言いたい。

ここにもリンクを張っています。

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September 18, 2005

PLC関連

今の日本にとって本当にPLCは必要だろうか?
浅学ながら、大してスピードも期待できない、これだけADSLやヒカリが普及している小さな国にPLCは本当に必要?

数年前、某電力会社の人から話を聞いた。
話は個人の見解としたいが、どうやら、企業としての利益を上昇させる方針はどこも同じように思われた。
電力会社だから、単純に売り上げを上げるには、「電気」をたくさん売ること。つまり、極論をいえば、「エコ」や「省エネ」なんか、クソくらえ。みんな電気をじゃんじゃん使って頂戴ね!というスタンス。
大需要になればばるほど、電気の単価が上がるの知ってます?
ほかのものとは違いますね。(個人消費と言う立場でのマスメリットはない)

かたや、電力供給を上昇させる手法として、手っ取り早いのは原子力発電所の建設だが、その存在が非常に危ないものとの一般世論で、そう簡単に増設できないから、販売電力には、おのずとリミットが存在する。
だから、最大供給量を超えない範囲で使ってもらいたいとなる。(それしかない)
ピーク使用に備えた、新ジェネレータ(原子力でも水力でもなんでも)建設の余力も環境にもない。
世論は、地球温暖化防止、CO2削減xx%、エネルギーを大切に使おう。なので、この流れに表立って逆らうわけにはいかない。

で、利益を求める方向だが、電気以外の、「情報」とか「付加サービス」ということになって、PLC。

またまた、誤解を恐れずに言うなれば、、、、(さっきの、エコなんてくそくらえの理屈)
短波放送などのインフラに与える影響なんて、クソくらえ。
新しい利益追求を求めて何が悪い。
ウチがウチのお金で作った電力ネットワークに電気以外のものを乗せて何が悪い。
勿論妨害を与えない努力は、電気メーカにしてもらうさ。(自分たちでは、あまりしない。外注依頼型)
大事なのは、何が何でも、電気以外の収入源を確保せねば、企業としてこの先立ち行かんではないか?
ということで、もう、とにかくPLC事業!!
という姿勢が、ゾンビのように復活するこのアイデアのウラにあるように思う。

私の姿勢は、今のところ「PLCなんていらない」です。
その気になれば、立ち遅れていた(アジアの某国にも負けていた)ITインフラ普及率を数年で逆転、世界の最高ランクにできるクニです。
その気になれば、いつでもできる。
確かに、電力と情報を1本のケーブルで運ぶ技術は有効かもしれない。
でもそれは、今のところ日本にはいらないだろう。
たとえば、中国のあるところは、電話線を引くのが大変だ(お金&時間)ということで、モバイルフォンが先に普及しているところもある。
これから、近代化、開発を進めていかないといけない、アフリカ諸国にも必要な技術かもしれない。
これら、これから電力インフラを整えないといけない地域には、一石二鳥で最高の技術かもしれない。
他国への貢献のための技術開発は、国際社会の一員として絶対に必要だと思う。
でも、以前にも書いたが、戦後60年間の日本の貢献を自国民に公表せず、「反日」を煽動するような国に技術を提供する(頭を下げてまで、お使いいただく)義理はない。
「助かるわ、ありがとうね」と普通にお礼をいってもらえる国に提供したいものだ。
あ、ちょっと、横道に行きました。

で、私としては、「今、日本のためにやる」、必要も意義も電力各社の新収入源目的以外ないだろうと思っています。
国外への提供技術の研究なら、本当に使用限定、地域限定で実験をすればよろしい。

日本国内で家電製品を外部からコントロール、情報のやり取りがしたいなら、ほかの方法があるでしょ?

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June 03, 2005

美しい日本の美徳

謙虚な気持ち。
前に出ないつつましさ。
ダリアではなくなでしこを美しいと感じる心
散り行くさくらを美しくそして潔しと思う心

すべて、古きよきニッポンの美徳です。
でも、これがこと対諸外国に対しては通じないんだなぁ。

ニッポンは主張すべきです。
戦後、豊かになったニッポンがどれだけ世界に対して貢献したか。
他国を尊重し、平和を愛してきたか。

サケさんに一票!!
コメントよりも、こうしてトラックバックを送る次第。

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May 28, 2005

ココログのアクセス重すぎ!!

リニューアルしてからだろうか。
最近、niftyココログのスピードが猛烈に重い。
ココログユーザーの方、そんなことないですか?
ここはいっちょうユーザみんなで、niftyに注文つけんといかんですよ。
おーい、しっかりしろ!!ココログ!!
午後から、極端に重くなる。
他のblogに完全に負けてるよ。>スピード

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中学の授業参観にいってきた

ゆとり教育だろうか?
少しの内容を随分時間をかけて教えている。
国語は、なかなか面白かった。
古文の授業で、先生が何を教えようとしているか良く伝わった。(私には(笑))
英語は、日本の先生と、後には外国(西洋)の先生(この人は教えているわけではない)
あの教え方では、英語嫌いになってしまうのではないかと懸念する。

ところで、問題は、師弟の関係にある。
授業開始の挨拶、終了の挨拶が全くなっていない。
終了後、「きりぃーつ、れい」の号令もむなしく、挨拶もせずに部屋を出て行く子供がいる。
あれは、先生も悪ければ、家庭の教育がなっていないせいだろうと思う。
それに対して、先生も注意しない。
生徒に迎合しているのか。。。

先生と生徒がわかりあい、仲良くするのは良いことだ。
しかし、親しき仲にも礼儀あり。どこまでいっても、先生の立場と生徒の立場は守られるべきである。

「仰げば尊し、我が師の恩」
あの風情をみると、こんな風にはならんのではないかと思う。
勉強を教える前に、人の道を説くべきだろう。
最近の若い先生、しっかりして欲しい。

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May 26, 2005

オトナゲない中国と日本

折角のチャンスを、中国も、日本も潰してしまった。

行われるはずだった小泉首相と中国の呉儀副首相の会談である。

どうなってるんだろう。

<日本の立場で>
日本びいきの日本人としては、いささか不愉快ではある。
最近の中国はどうかしている。大人げない。
ODAを止められたからか?
それほど、アジアのリーダーになりたいのか?
まだまだ、経済的にも社会的にも成熟途上のクニであることは明らかなのに少し経済発展したからといってもう、中華思想を振り回す気か?
急用が出来たから、キャンセルといっておいて、日本の経済界とはしっかりミーティング。
やることが、しみったれてるねぇ。
それじゃぁ、いつまでたってもリーダーになれないよ。
そんなに、常任理事国の権利を守りたいのかねぇ。
唯一の世界的に認められている権威だもんなぁ。


<中国の立場で>
先の大戦について深く反省している、もう二度と戦争はしません。間違ってましたといっておきながら、戦犯を合祀する「ヤスクニ」になぜ、コイズミはいくのだろう。
口では奇麗事をいっているが、日本を率いて戦前のような「シンリャクのヤボウ」を抱いているのではないか?
不愉快だ。


<考えるに。。> 誤解を恐れずに書くのであれば。。。

小泉首相も、ヤスクニ参拝が隣国に不愉快な思いを抱かせることは重々承知のはずである。
色々と思うところはあろう。 個人的な心情もあろう。
私だって、この美しい国、ニッポンの未来を信じ、その尊い命を投げ打って戦いそして死んでいった多くの人への感謝は忘れない。
しかし、一国の首相たるもの、アジアのリーダーを目指し、アジアはじめ、世界に対し、より貢献をしようという国の首相なれば、李下で冠を正さず。
誤解をうけるような行動は慎むべきであろう。
犠牲になった人たちへの感謝や祈りはどこででもできるではないか。
先ずは、戦犯(といわれている人たち)を切り離してはどうかと思う。
もしくは、千鳥が淵にお参りしてはどうか?

しかし、中国も中国だ。
戦後、高度成長をとげたニッポン。
そのニッポンはあなた達を助けなかったか?
自分たちだけがよければそれでよいということをやったか?
そこのところを良く考えて欲しい。
民間同士は仲良くしているのだから。。
戦後、決して裕福ではなかったろうに、あなた達だけでも日本に帰れ、足手まといの子供は私たちが立派に育てるから、安心して。。。落ち着いたら迎えに来れば良い。それまで大切に育てます。
そう言ってくれた、中国の人たちのやさしさを私たちは忘れてはいない。
心豊かな中国の人達はどこにいってしまったのだろう。
あの時代、反対の立場であったら、日本人もそうしていたに違いない。

中国に限ったことではないが、過去は過去だ、アジアの仲間同士、仲良くやっていこうではないか。

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April 18, 2005

最近の隣国での騒動

騒がしいですね。
なんで、ああ、ヒステリックなんだろう。
60年前のこと言ってもいいから、

今の中国の発展は、日本のODAによることが大きい。
親愛なる人民同志諸君、日本からの莫大なる援助に対して、心からお礼を言おうじゃないか!
向こう60年間、お礼を言い続けよう運動国家キャンペーン

も同時に展開してくれれば、フェアーだと思うんですが、この意見は過激でしょうか?
奈良の「引越し!!、布団たたきおばさん」と同じくらいヒステリックだ。

仕事の関係で、かの地には知り合い、友人が多くいるが、彼らはどうおもっているのだろう。

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October 27, 2004

新潟中越地震

日が経つにつれ、その被害の大きさが明らかになっていく。
ニュースでは、生後2ヶ月の赤ちゃんが犠牲になった、心労でお年寄りがなくなった、行方不明の人を探している、お父さんお母さんが亡くなったが奇跡的に助かった子供のことなど、聞いていて胸が締めつけられる。
地震や、台風さえなければ、きっと平穏な日常だったに違いない。
犠牲になられた方のご冥福を心より祈りたい。
日々日常におわれ、ボランティアにもいけないけれど、きっと何かができるはず。
残った人たちに、復旧のバランティアの人たちに「がんばれ」、「負けるな」と心の中で叫ぶ。
今、何も出来ない自分がもどかしい。

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October 09, 2004

blogプロバイダー

最近、blogが脚光を浴びてきている。
有機的なコネクション。とりあえずの構築に不要な専門知識。
本当にお手軽だ。
で、沢山の皆さんが、blogサイトをオープンしておられる。
ところがだ、あまりの負荷にサイトのシステムが対応しきれないのか、遅い。
魚屋の親分さんのサイトでもコメントした。
昼間は確かにどうということはない。
しかし、週末の夜なんて、確かに親分さんが言われているように強烈だ。
親分さんのところにコメントを書いたが、2度はじかれた。
がんばれ、ホリエモン!!
blogの増強くらい出来ないことには、球団経営なんてできないぞ。(笑)

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October 03, 2004

背中からクギが出てきた(驚)

すごいタイトルですね。(笑)
「背中から、クギがでてきましたぁ〜」ですから。。。
えー、TVだったか、雑誌だったか、肩こりのおばあちゃんが、怪しげな
お医者に行って、「肩こりがひどいので〜」と訴えると、その医者は、そのおばあちゃんの背中をごそごそしていたかと思うと、
「あー、おばあさん、なるほど、肩がこって、重いはずです。肩から、クギが出てきましたよ。ほら」と、おばあちゃんの前で手を開けるとその手の中には、クギがぁ〜。(爆)

おばあちゃんは、納得し、「アー肩が軽くなった。どうもありがとうございます」と去っていく。。。。
典型的なフラシーボ、暗示効果ですね。
これが悪いと言うわけではなく、まぁ、人助けの「方便」かと(爆)
おばあちゃん、納得して喜んで帰るわけですから。

ファンテンがどうという訳ではないけれど、こんなことを連想してしまいます。
クギ医者と一緒にするなと思われるのであれば、何か、科学的根拠と物証をHPに載せるべきではないかと(笑)

この手のモノは「宗教」と紙一重ですね。

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September 30, 2004

頑固じいさんに座布団2枚

うーん納得。

オバさんの逆襲:
鰻屋の親子=六笠由香子
 友人と夏バテ解消に鰻(うなぎ)屋に入った。そこで見た親子のお話。

 小さな女の子が水のコップを倒したので、店員がふきんを持って来たが、母親は「すみません」の言葉もなく「ママにごめんなさいは?」と子供を叱(しか)る。大声で何十回もだ。子供は頑として謝らず、土足で椅子に立ち、泣き続ける。父親は、女同士の戦いに一切かかわらず、ただ無言無表情なのが異様だ。

 店内を騒がせ、人様に迷惑をかけているのに、母親は自分に「ごめんなさい」を言わせることしか頭にない。我々が鰻のことしか頭にないのと似ているようだが、ちょっと違うんだな。

 あまりの騒ぎに業を煮やした店主が「椅子に靴で乗っちゃいけないよ」と子供を叱る。子供はあっさり「ごめんなさい」。謝らせたのは店主の気迫である。第一、子供にも謝る理由が必要だ。その展開に父親も母親もむっつり。親は手遅れだが子供は矯正の余地ありか。

 隣席で鰻の白焼きを肴(さかな)に酒を飲んでいた頑固そうなお爺(じい)ちゃんがつぶやいた。「ガキの分際で鰻なんか食うんじゃねえ」。その凄(すご)みに我々は共感したが、当の彼らは平気の平左。3人で鰻重に夢中だ。我々の豪華な晩餐(ばんさん)の雰囲気をぶち壊しておいて、うまそうに食べていた。

 子供がいても親になれない人は多い。少子化が話題になっているが、こんな子供なら増えなくていいか、という気にもなる。世の中に迷惑だ。だって、お爺ちゃんの言った「ガキ」って、たぶん親のほうだもの。(フリーライター)=毎週土曜日に掲載

毎日新聞 2004年9月18日 東京朝刊

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September 28, 2004

また、台風接近中

台風21号が日本列島を縦断すべくまたまた接近中。
台湾の方にいくと思っていたのに90度の角度で曲がって、こっちにやってきた。(汗)
前回と同じコースだろうか?
明日の朝には、九州直撃、そのまま進んで夕方には中国、四国、山陰、近畿が暴風雨圏に入ってしまう。
進路に位置するDXer各位注意されよ。

かく言う、拙宅もこの間上げたR8Jが初めての台風の試練を受けることになる。

大丈夫かなぁ。

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September 23, 2004

日本最大の掲示板に思う

20年以上も前にブームになったBCL。
今も尚、幾つかののHPで活発に情報交換や、後進の指導が行われている。
これは、大いに歓迎すべきことだ。
各HPでは、情報(受信情報、技術情報、他)を個人のモノとせず、ボランタリーにOM達が活動されている。
かくいう私も、現在アクティブに活動されている某OMのご教唆やご指導を受け、それから、OMが活発に(楽しそうに)活動されているのを拝見し、「復活」した一人だ。
現在の受信環境(装備、情報、聞き方)などは、幾人かのOMのご指導のたまものであり、私のようなものには、本当にありがたく、お礼と感謝をしても、しきれるものではない。
このようなOMの努力や指導のもと、「復活組」が増えたり、「新人」が育っていくのだと思う。

ヒマなのか、何にでも噛み付きたいのか、ちょっとした間違いや言い回しが気に食わないのか、何がそうさせるのかはさっぱり分からないが、一目で分かる伏字や名前(HN)の書き換えで、「ボランタリー」に努力されているOMを誹謗中傷するのはやめるべきだと思う。

すべては趣味の範疇の話であり、誹謗中傷している人に特別な被害があるわけではなかろう。
もし、何かあるなら、少なくとも誰か?ということが分かるHN(いつもあなたが使っているHN)とメールアドレスくらいは公開して、議論すべきではないか。
最近の一般BBSへの書き込み、日本最大の掲示板への書き込みを見て強く感じた次第だ。
わが身を隠して、人を誹謗中傷するのは、「卑怯者」だ。
いくら、技術や経験がある人でも許されるはずがない。
もし、あまりある経験や知識があるのであれば、それは、後進にそそぐべきであろう。

同じ掲示板でも、違うところでは、有益な情報交換もされている。
おかしなことを書いている人はごく一部だと思う。
おかしな事を書きこんでいる人も、それぞれは社会では、良識ある社会人、会社では普通のまたは立派な、そして指導しないといけない後輩もいる人達だとも思われる。
しっかりしてもらいたいものだ。

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September 20, 2004

韓国出張中

9月15日〜21日まで、韓国出張。
ソウル市内はじめ、いろいろなところに出向く。
大学生にも沢山会った。
工学系の大学生は、日本の工学部の学生より、技術的興味を持って大学に来ているように思われる。
就職目当てでの、理工科系では、技術が身に付かんよ!と思ってしまう。>ニッポンの工学部学生諸君。

街のハングルの看板を除けば、雰囲気は非常に日本に似ている。
同行の女性2人を先に帰国させて、今日明日は一人だ。
お見送りするほうは、いつも寂しい。

こちらには協力会社のメンバーも沢山いるので、不自由はない。
暫くは、出張が続きそうだ。
今回のシルバーウィークがつぶれてしまったのは、まっこと残念。
関東からやってくるOMと一献交わそうといっていたのもお流れだ。
あぁ、これも残念。

出張は、連休のないときを選びたいものだ。(こちらは、休みではないけれど)
こちらでは、土日も仕事で、協力会社の皆さんにも申し訳ない限り。

毎晩遅いので、ラジオは聞けていない。(7600G+ボヨヨンループ持参中)
ソウルの事務所兼、宿泊施設は、54階にあるのでロケーションは抜群。
今晩あたり、ちょっと聞いてみようかな?

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September 06, 2004

台風の当たり年?

昨日の地震といい、物騒だ。
台風18号がこの間の台風17号とよく似たコースで日本列島に接近中。
コース上のDXer各位は注意されよ。
そのあと、19号も関東直撃コースだ。
今年はどうなっているのか。。。
建設中のアンテナもしっかり縛り付けておかねば。。。
くわばら、くわばら。
なまんだぶ。なまんだぶ。

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August 30, 2004

小学校の同窓会

昨日は、小学校の同窓会だった。
懐かしい、顔、顔。
あのころマドンナだったあの娘もすっかり、オバサン。
東証1部上場会社の社長夫人や、娘達、お医者さんや、会社経営者(Jr.ね)なんかもいて最初は、硬いムードだった。
でも、小さい頃を知っているってぇのはいいもんだ。
話をしているうちに、いつしかタイムスリップ。
会社では、ムツカシイ顔をしているのだろうおっさんたちも、無防備な笑顔になる。
あー楽しかった。
次回は、1泊温泉付きクラス会とあいなった。(おいおい(汗))
利害が伴わない関係は、クラス会といい、BCLの仲間たちといい、本当にいいなぁ。

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August 17, 2004

恵みの雨

五山の送り火(昨日)は良いお天気だったが、今日はうって変わっての雨。
台風が接近しているようだ。
雷と稲妻が激しい。
帰宅してすぐにアンテナコネクタをレシーバーからはずした。
それにしても、久しぶりの雨で、湿度は高いが、気温が少し下がって喜ばしい。
適度な雨は「必要」だ。
自然に感謝!!

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京都 五山の送り火

また、8月16日がやって来た。
京都のことを良く知らない人は、送り火のことを、「大文字焼き」と言う。
何か、饅頭か、タイヤキみたいだ。
正しくは、「京都 五山の送り火」と言う。
何を送るのか?
このお盆の時期に、惜しくもなくなった先祖や肉親が、あの世から、自宅の仏壇に帰ってくるのだ。
その御霊(みたま)たちが、お盆の最終日、五山の火に見送られて、あの世に戻っていく宗教行事だ。
現世の者は、「気を付けて、心を残さずあの世にお帰り下さい。私達はあなた方のことを忘れませんよ。」
という気持ちで、五山の火をながめ、そっと心の中で手を合わすのだ。
親父と、義母がなくなって、2回目のお盆。
五山を見ていると、色々なことを思い出してしまう。
あなた達のことを決して忘れてはいませんよ。

下の写真は、自宅前のマンションの屋上から望遠で撮影しました。

右大文字
いわゆる、大文字です。
migi

左大文字
京都の池に映る姿で、正しい「大」に見えるようになっています。
風流ですね。
hidari

ふね
ふねのへさきと帆の先端が見えます。
fune

妙法
「法」の左に実は、「妙」がありますが、山が低いので、ビルにさえぎられで見えません。
myouhou

鳥居
鳥居の形にみえますね。
torii


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August 14, 2004

高山植物の花のように

iwakikyou.JPG
この花は、「イワキキョウ」と言います。
3000m級の山の岩肌に咲きます。
高山植物は、洋華のように決してハデではありませんが、厳しい自然に立ち向かい、そして、山の短い夏に可憐な花を咲かせます。
なんと、凛とした、たたずまい。
私は、高山植物の花が大好きです。
そして、私もこのようにありたいと思います。

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July 18, 2004

夏の思い出

本館では、暑い暑いとぼやくことしかりだが、尊敬するDXerのBBSで、遥かかなたに過ぎ去った「夏」、「夏はBCLの季節」について書かれていたので、私も思うところを一文。。。
先日、あるある大学の合同企業セミナーに行ってきた。
20社以上の企業がブースを出して、会社の紹介をして、新卒(来年3月卒業)の学生諸君に会社紹介をするものだ。
NGOは、人事採用責任者として秘書(のような人!)を連れて会社説明をしにいった。
大学は、NGOの時代と違ってとても美しく「パーク」のようだ。(卒業したのは、この大学ではないけれど)
で、途中で、休憩のために、ビルの外に出たときに、夏の強い太陽の日差しと、生暖かいが全身に当たる強い風、それから、セミの声を受けて、記憶のフラッシュバックが起こった。
強烈な記憶は夏。
懐かしい記憶も夏。
甘酸っぱい記憶も夏。だ。
かつて夏にいろいろな事が起こり、今の夏はその記憶を呼び覚ましてくれる。
子供の頃の思い出。
一昨年逝ってしまったオヤジとの思い出。
懐かしい友達や、昔のあの子の声。
嫌だった受験勉強。。。
あのころ、夏は素敵な季節であり大好きな季節でもあった。
いつのころから、「夏が嫌い」になったのだろう。
夏が嫌いなのはオヤジの証拠という。
確かに、もうオヤジなわけで、夏は暑いから嫌いなのだが、こんなことを思い出して、少し好きになった。
夏といえば、ワイルドワンズのあの曲だ。

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July 10, 2004

我を振り返って

昔から、一姫二太郎と言います。
これが、
(1)一人目は女の子、2人目は男の子であるのが良い。
という意味なのか、
(2)3人の子供で、一人が女の子、二人が男の子
という意味なのか
はたまた、(1)と(2)のハイブリッド、即ち
(3)一人目は女の子、それに続く子供は男の子、男の子の計3人
という意味なのか良く分かりませんが、
一番上が女の子が良い。。。といわれるのは、納得のいく話です。
一般論として小さい間は、女の子の方が強い(体力、免疫学的に)ので、比較的育てやすい。
下に男の子がいる場合、女の子は、何かと面倒を見てくれるから、(やさしいね)これも、親の助けになるのかな?と思ったりもします。
(ウチの長男は次男坊の面倒をほとんど見ません。)

で、女の子。。大きくなって結婚します。

例えば、ここに、お饅頭が一つある。このお饅頭を、旦那の里に持っていくか、カミさんの里に持って行くかを若夫婦が話し合います。
普通は、
ヨメ 「お饅頭、あなたのお父様とお母様に食べていただいたら?」
ダンナ 「何ゆうてんねん。ウチはかまへん。お前んとことの、お父さんとお母さんに食べてもらい。」
ヨメ 「そう?、ありがとう。じゃ、次の日曜日、一緒に行こうか?」
ダンナ 「おう!、かまへんで」
となりそうだ。

自分の身を振り返ってもそうだ。

つまり、ボウズは一旦家を出たら、鉄砲玉。ヨメさんとヨメさんの親を気遣うのである。
いきおい、若夫婦は嫁さん方の親元をおとずれる確立が高くなる(と思う)のである。
(ヨメさんの親元では、大切なムスメのダンナさんということで、大事にもしてもらえますものね)

饅頭が無くっても、
ヨメ 「今日暇やな? どっちかの親元いこうか?」
ダンナ 「そやな、ええで。」
ヨメ 「どっちいこう?」
ダンナ 「ウチは、今度でええから、おまえんとこのおやっさんとおふくろさんの顔見にいこか?」
ヨメ 「かまへんの? ありがとう」
となりそうだ。
(こんな、経験ありませんか? 私は良くあるんですぅ)

即ち、女の子は、嫁いで、親元を離れても、何かあれば帰ってくるのに対して、ボウズは一旦親元をはなれたら、あんまり帰っては来ないと思うのです。
(ダンナさんの親と同居の場合はこうも行かんかもしれませんが。。。)
ということを思うと、ムスメの方が、断然良いと思うのは、随分短絡的でしょうか?

歳いったあとも、ムスメなら、気遣ってくれるでしょうしね。
(ボウズは思ってはいるけれど、実際の行動にはなかなか現れにくいと思うのは気のせい?。)

そんなこんなで、やっぱりムスメが欲しい、NGOだす。
ムスメはやっぱり優しいですもん。

と隣の芝生が青く見えている(?)ボーズ2人の父のNGO。

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July 09, 2004

ムスメのいないオヤジの代替行為

引き続きです。
で、ムスメのいないNGOの代替行為なのですが、知り合いで、ムスメさんがいるところに行き、「オジサマ」と呼ぶようにお願いします。
「NGOおじさま」。。("NGOところは、ファーストネームがいいなぁ。。。)
そうすれば、そこそこ大きくなった時に、「NGOオジサマ!」とかなんとか言って、腕のひとつも組んでくれるかもしれない。
結婚式の時にも、「NGOオジサマ、アリガトウ」くらい言ってもらえるかな?

NGOの妄想(?)は続く。。。

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July 08, 2004

オヤジになるという事

自分が、新米オヤジになって、かれこれ13年がたった。
上のボーズが13歳、下のボーズが6歳。
二人とも男の子だ。
そりゃ、2人ともかわいいわが子。
上の子は、もうオヤジの背を抜いた。(生意気にも)
下の子は、まだ、小学生1年生だから、かわいらしいもんだ。
で、自分のオヤジが逝ってからもう1年半になる。
早いもんだ。
自分がオヤジになってから、不可解に思っていた、「自分のオヤジ」の行動がわかって来たような気がする。
例えば、
オヤジが帰ってきて、特にほめられるような事をしたわけでもないのに、顔を見ながら、一生懸命頭を撫でられた。
「ソトでいやんなる事があったのかな?」とかね。
今となっては、もう訊くことも出来ないが、色々話を聞きたいことが沢山ある。
オヤジは、ムスコにとって、良くも悪くも、人生の師かもしれない。
自分の事を思うと、随分頼りない師だなぁ。

ところで、私は、女の子のパパになりたかったのである。
男は、人生で4回ヒーローになるタイミングがあると思う。
1回目は、生まれたとき。
2回目は、自分が結婚するとき。
3回目は、自分の娘(ムスコではない)が嫁ぐとき。
4回目は、この世に別れを告げるとき。

男の子のオヤジでは、3が無いのである。

ここからは、男の子しかいない自分の想像(こうあれば、いいや、こうに違いない!!)なのだが。。

「オヤジは、娘をもったその日から、喜びと悲しみのヒーローである。」(キッパリ)

娘が小さい間は、「パパ、パパ」と甘えてくる。(ムスコに、パパとは呼ばせたくないし、呼ばれたくない!!)
で、お風呂なんかも、「パパとはいるぅ」と甘えてくる。(デレデレ)
ところが、ある年齢から、「もう、パパとは入らない」と言い渡される。(知り合いで、この日が来るのを恐れている「パパ」がいるぞ。)
その後、思春期になり、パパは、変なムシが付かないか気が気ではないが、そんな事をムスメには聞けず、母親に、「おい、xx(ムスメの名前)は最近どうしているんだ?」と聞けば、母親には、「自分で聞けば?」と軽くあしらわれてしまいます。(あー、パパは心配だ)
高校生、大学生になれば、もう暫く相手をしてもらえない。(さびしー)

ところが。。。
ここからが良いのである。
ある年頃を越えると、ムスメは、またオヤジを気遣いはじめるのである。
「パパ!?」といって、腕を組んでくれるかもしれない。(超ウレシー)
で、結婚式。

xxチャンのパパ、厳しい人だけど、見てごらん。泣いてはるで。。。(回りも、もらい泣き)
お父さん、(いつもは、パパ)長い間、本当にお世話になりました。。。。(あぁ、ムスメよ、嫁ぐのかぁ、行ってしまうのかぁ)

これです。
人生最大のヒーロー。(自分の結婚式よりも感動的です)

ムスメを持つオヤジの、喜びと悲しみ。
ムスコしかいないとこうは行かない。。。(さびしー)

こんな話を、会社の若いムスメたちにすると、「NGOさん、創造(想像)しすぎー」と言われてしまうのだが。。。
私の中でのムスメを持つお父さん像はこうなのだからしかたがない。。

あー、うらやましい。−−>Jさん、宗五郎親分

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